裏メイカー祭のテーマソングとなった「デバッグ音頭」。この曲は、いまから約20年前、工学社発刊の「Computer fan」という雑誌の付録CDに収録されていたものです。そんなデバッグ音頭の登場から、iTunesでの販売、そして、音楽CD製作までを語ります。
〈投稿者:大澤文孝 @sour23〉
テクニカルライター/プログラマ。「情報セキュリティスペシャリスト」「ネットワークスペシャリスト」を保有。プログラミング関係の著書を多数執筆。IoT的な書籍としては「sakura.ioではじめるIoT電子工作」(工学社)や「TWE-Liteではじめるカンタン電子工作」(工学社)などを執筆しています。クラウドの書籍としては「Amazon Web Services クラウドデザインパターン 実装ガイド」(日経BP)や「AWS Lambda実践ガイド」(インプレス刊)など。初心者本としては「ちゃんと使える力を身につける Webとプログラミングのきほんのきほん」(マイナビ出版)や「いちばんやさしい Python入門教室 」(ソーテック社)などがあります。変わったところでは「UIまで手の回らないプログラマのためのBootstrap 3実用ガイド」(翔泳社)なども。趣味は作曲と料理。著書一覧やグッズ販売(?)、お仕事のご依頼は、モウフカブール(http://mofukabur.com/)にて。
「デバッグ音頭」登場の背景
僕は、もともと工学社が発行している「月刊I/O」(http://www.kohgakusha.co.jp/io/)という雑誌の投稿者です。1994年頃、月刊I/O誌は商業誌へと生まれ変わり、投稿部門は姉妹紙の「Computer fan」という雑誌に移りました。デバッグ音頭は、こうした投稿生活のサンプルして生まれたものです。
Computer fan誌の1994年8月号で、「OPNDRV98 Ver2.0」という音源ドライバを発表しました。FM音源・PSG音源・PCM音源をバックグラウンドで再生するドライバです。月刊I/O時代に投稿したVer 1.0のバージョンアップ版で、MML(Music Macro Language)のコンバータ機能を新たに追加しました。*1
OPNDRV98には、音とプログラムの動作を同期する機能があります。当時は、自作ゲームの全盛期。音とキャラクタの動きを同期させる機能は不可欠で、そうした機能をあえて実装したのです。この機能を使ってもらうには、サンプルが必要です。そこで、「音に合わせて歌詞を出す」というサンプルを付けることにしました。その頃は、空前のカラオケブーム。学生時代の僕が、カラオケのような「音に合わせて歌詞を出すサンプル」を作りたくなるのは必然です。そのときにサンプル楽曲として作ったのが、この「デバッグ音頭」です。何で、こんな曲を作ったのか、そして、そもそもなぜ「音頭」なのか。まったく、思い出せません。きっと、何か病んでいたに違いありません。
<コラム WAVE98>
表紙にある「WAVE98」は、僕の投稿時代の代表作です。PWMを使ってBEEP音源でWAVEファイル(音楽)を鳴らします。つまり、音源ボードなしで音声が聴ける優れもの!(若い人には、何を言っているのか通じないかもですが、当時のパソコンって、ピーという音しか出なかったんですよ!) 興味ある人は、ベクターのサイトからダウンロードできます(https://www.vector.co.jp/soft/dos/art/se015257.html)。
ただ、「こういう歌は、大げさに作らないと、面白くない」と意識していたことは覚えています。
バグを探して1週間、バグを見つけて2週間、風呂にも入れず3週間、そんなこんなで一ヶ月
このフレーズは、そうした大げさな面白さを表現したものです。
ちなみにサンプルはC言語で書かれており、MMLとC言語のソースから構成されています(OPNDRV98自体はアセンブラです)。抜粋すると、次のようなもので、音に合わせて歌詞を表示するものです。このソースが、デバッグ音頭の原点になるものです。当時の誌面を見ると、編集部の人にも気に入ってもらえた模様です。
Computer Fan誌の付録CDで歌手デビュー
デバッグ音頭が、皆に知れ渡る(そんなに知れ渡ってないけれど)ことになったのは、Computer fanの1995年6月号です。この号、なんと、付録CDが付くことになったのです。しかも音楽トラックもOK。ソフマップとビックカメラの協力により、それぞれのテーマソング(「ソフマップワールド」と「ビックカメラの歌」)が収録されることが決まりました。
そうしたなか、どうせ音楽トラック付けるんだから、著者陣も何か提供するのはどうかという話になりました。もう20年も前のことなので覚えていませんが、確か、こんなやりとりだったと思います。
編: 「大澤さんも、何か、音楽トラックに入れましょうよ」
大澤: 「何を入れます?」
編: 「デバッグ音頭とか」(←たぶん冗談のつもり)
大澤: 「いいですね! じゃあ、歌います」(←本気で返した)
編: 「!?」
こうして、デバッグ音頭の楽曲作成が始まりました。DTM(DeskTop Music)環境は、PC-9801 + レコンポーザ + RolandのJV-30というキーボード付きGS音源という構成。
歌の録音には、アナログカセットの4チャンネルのMTR(マルチトラックレコーダー)を使いました。曲中、僕が2人でハモっているのは、MTRのおかげです。記憶を辿ってインターネットを検索したところ、この機種は、たぶん、FOSTEXのX-18という機種だと思われます。僕の記憶だと、このMTRは22kHzぐらいまでしか対応しなかったと思いますが(もしかすると11khzかも知れない)、意外となんとかなるものです。いわゆる「在録」(自宅で録音すること)です。スタジオではなく、ふつうの部屋です。お約束通り、録音中には救急車が通り、録音のし直しが何度か発生しました。
こうしてミキシングされた「デバッグ音頭」のほか、もう一曲、調子に乗って「Go! デバッガー」という曲も作り、2曲の同時収録と相成りました。こちらもiTunes等で聞けますので、よろしければどうぞ(「Go! デバッガーは、同時発音数が多くて、RS-232Cの速度的に間に合っておらず、発音のタイミングがズレているのが、いま改めて聞いても、気になりますね。というか、歌の音程が外れているほうが気になる。リテイクしたい)。
このデバッグ音頭は、読者投稿欄でも、大きな話題となりました。ちなみに評判に浮かれて、得意げに工学社さんに行ったとき、経理のお姉さんに、「お歌も、うまいんですね(ニヤリ)」とされました。まあ人生そんなもんです。
デバッグ音頭を永代に伝えたい
さて、ここまでが20年前の昔話。ここからが、いまの話となります。実は月刊I/Oは、昨年、通巻450号を迎えました(いまでは、500号をすでに超えています。僕もまだ連載しているので、よろしければ見てください)。そのとき記念に、さまざまなイベントをしました。
そのイベントの一貫として、「せっかくだから、デバッグ音頭を流行らせるか」と思いました。いま聞いても、歌詞の内容的に古くなっていませんし(オブジェクト指向のため、スパゲティプログラムは減りましたが)、20年経って変わらないなら、もう、あと何年経っても変わらないだろうとも思ってきました。
そんなわけで、このデバッグ音頭、永代に渡って伝えます!布教します。布教のためには、「歌をうまくすること」。これは絶対です。僕が歌ったのでは、布教できないのです!そこでボカロの出番です。残念ながら、僕には友達がいないので、友達に歌ってもらうことはできません。
20年ぶりにDTMを始めました。びっくりしました。ともかく、驚いたのは、「音源モジュールがいらない」ということ。ソフトウェア音源というものを使うらしく、MIDIインターフェースは、あるといいけど、それには音源が載ってなくて、ただのD/Aコンバータだそうで・・・。GM音源とかGS音源なんてもうない!? ほうほう、そういう時代ですか。というわけで、ショップの店員さんがお薦めするRolandのMIDIインターフェース「UA-101」と「SONAR」がセットになったパッケージ、そして、ボカロを買って、再レコーディングしました。ボカロ最高! 歌うまい!(当たり前)。
レコンポーザでMIDIを数値入力していた僕にとって、SONARはなかなか慣れなかったけれども、なんとか打ち込めました(もとのMIDIデータはあったので、それを流用できましたしね)。こうしてミク版とゆかり版ができ、YouTubeでの配信を始めました。
iTunesで楽曲を売りたい
YouTubeで配信するのもいいけれども、もっと多くの人に聴いてもらいたい。
となれば、売るという選択肢があります。そこで、iTunes配信を始めました。ひとまず、20年前のオリジナル版から配信することにしました。
これは意外と簡単です。TuneCore(https://www.tunecore.co.jp/)というサイトに登録すると、iTunes、Google Music、Amazon Musicなど主要なストアに配信できます。作業としては、「タイトル」「カバー画像」「楽曲データ」を登録するだけです。デバッグ音頭なんて、変な楽曲通るのか!? と思いましたが、問題なく通りました。そして公開され、いまでは、皆さんが視聴したり、購入したりできるようになっています。
TuneCoreには、メリットもデメリットもあります。メリットは、ストリーミング配信にも対応すること。ユーザーが購入しなくても、ストリーミングで流せば、それでお金が入ります。Amazon Musicにも登録しているので、Amazon Echoにも対応! Amazon Echoを使っている、そこのキミ。1日1回、「アレクサ、デバッグ音頭を聴かせて」と言うように。きっと幸せになれます!ストリーミングは、1曲流れても1円未満なので、かなりたくさんのユーザーが流してくれないと収入にはつながりませんが、大流行して、1億人が一斉にデバッグ音頭を聞いてくれれば、僕はウハウハです。夢と希望が持てます。そのお金はきっと、僕のお腹の贅肉になることでしょう。
デメリットは、年間で登録料がかかることです。シングルの場合¥1,410~、アルバムの場合¥4,750~です。曲が年間に数曲しか売れないと、完全な赤字になります。あまりに売れないときは、1年後、続けるか、取り下げるかを検討することになるはずです。ちなみに、デバッグ音頭の売上は、現在、この登録料を下回っております! 応援、よろしくお願いします。
そして技術書典・コミケでのCD販売
iTunesやGoogle Music、Amazon Musicへの提供ができるようになったら、次は物販です。技術書典やコミケでの販売を試みました。そのためには、CDの盤を作る必要があります。盤を作るというと難しいイメージがありますが、実は簡単です。出力センターにお願いすれば作ってくれます。
僕は、アクセア(http://www.accea.co.jp/)というDTP出力屋さんに頼みました。都心の主要な場所に店舗があります。ここに「マスターCD」と「盤面」「ジャケット」の入稿データを持っていくと、プレスして作ってくれます(http://www.accea.co.jp/web_p.html)。
単価は「何枚作るか」で違いますが、「10枚~50枚」の場合、1枚当たりの金額は、次のような料金になります。単価は「何枚作るか」で違いますが、「10枚~50枚」の場合、1枚当たりの金額は、次のような料金になります。
CD-R代金 200円
プラケース 25円版面印刷(全面) 120円
ジャケット(2ページ両面) 92円
合計 437円
※ただし、ジャケット印刷の基本料として500円が別途かかります。
今回は、音楽CDを作りましたが、DVDも300円/枚でできます。結婚式や子供の運動会のDVDを作りたいとかいう場合でも、便利なサービスだと思います。版面やジャケットの入稿データは、Illustrator形式です。テンプレートがあるのでダウンロードして作ります。Illustratorを持っていない場合は、難しいですが、月額のライセンスを購入という手もあるので、そうしたライセンスを使う方法もあります。もしくは、アクセアさんのライバル店にもなりますが、Kinkosには、AdobeソフトがインストールされたPCを使える「店頭PCレンタル」というサービスがあるので、それを使って作業するという手もありそうです(https://www.kinkos.co.jp/service/self/pc-rental-10010001.html)。
実は、この版面・ジャケットですが、僕のミスで、「このままだと、線が出ますがよいですか?」と電話がかかってきました。テンプレートの線は消したつもりなので、「どちらの版面ですかね?ミクのほうですか?」と聞いたら、「いえ、ミクではなくて、お客様のほうです」と言われて、実物を取りに行くときに、恥ずかしかった思い出があります。
こうして作った音楽CD。まったく売れませんでした。暴露します。売れたのは4枚です。皆、物珍しげに見ていきますが、まったく売れません。というか、腫れ物に触れるかのように、見て見ぬふりをします。まあ、そういうものでしょう。
4枚のうち、「懐かしい」と言って買ってくれた人が3人です。たぶん、I/OやComputer fanの読者の方です。ありがとうございます!残りの1人は若い人で、「これください」と恥ずかしげに買っていきました。僕のほうがびっくりしました。ありがとうございます! 若い人に受け入れられて、とてもありがたかったです。今後は、そうした若いリスナーも大事にしていきたいと思いました。
裏メイカー2018で待ってます!
そんなデバッグ音頭を携え、裏メイカー2018に「モウフカブール」(http://mofukabur.com/)で出展します。この記事で採り上げた、デバッグ音頭CDほか、僕の水着写真集など、何か面白いものを置いておくつもりです。皆様のご来場、お待ちしております。
〈投稿者:大澤文孝 @sour23〉
*1:注)このOPNDRV98は、工学社系列の「コムパック」という会社が出した「サイクルファイト」というゲームの音源ドライバとして採用されたはずです。誰も知らないと思いますが…。