ひょんなことからトド肉を手に入れた京都のカレー屋が、それを如何にカレーへと変貌させていったのか…を綴った奮闘記。
<投稿者:存在の耐えられない軽さに悩む京都のカレー屋さん>
「いります?トドの肉」
北海道の某筋から、そんな不穏な連絡が入ったのは今年2月上旬のことだった。「5kgください」脊髄反射的に僕はそう応えてしまっていた。
遡ること1月の下旬。僕は北海道へ赴き、主にジビエ・食肉全般中心の買い付けを行っていた。エゾシカやヒグマ、阿寒ポーク、果てはエミューなど「陸のジビエ&レア肉」の買い付けに成功し、旬の海産物をあろうことかすっ飛ばし、お次は海のジビエだ…と北海道沿岸部の漁協や猟友会に片っ端からアプローチをかけた。
北海道では、沿岸部にアザラシやトド等の海獣類が生息している地域があり、いずれも海産物への食害を理由に駆除対象となっている→駆除=狩猟できるということは、それらを狩る猟師がいるということ→漁協か猟友会に当たってみたらツテができるのでは…?!!
かくして各方面への邪悪なアプローチが功を奏し、トド撃ちもされてる猟師さんと繋がりのある商店と細いラインができた。そして話は冒頭に戻り、僕は結局4kg強のトド肉を手に入れることになる。
暗黒物質トド
手元に届いたトド肉を見て驚いた。暗黒物質のごとくドス黒いのだ。しかも、冷凍状態で真空パックされているにも関わらず、かなり生臭い。トド…おまえクサイ…すごくクサイよ…。
海洋適住種であるトドの肉には、酸素と結びつくミオグロビンというタンパク質が、他の哺乳類よりも多量に含まれている。要はそれがしっかり肉内に血を取り込んでおり、この黒みと生臭さの素となっているわけ。あと、食性の問題も多分に臭みへと影響を与えている。そりゃ生魚ばっか食ってたら生臭くもなるわな…そう考えつつ、一口サイズに切り分けたトド肉を試しに焼いて食べてみた。
カツオ・マグロのスーパーパワー-一生泳ぎ続ける魚たち (もっと知りたい! 海の生きものシリーズ)
- 作者: 阿部宏喜
- 出版社/メーカー: 恒星社厚生閣
- 発売日: 2012/07/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る
割と弾力強めの歯応え。クジラとシカの肉、そこにレバーを合わせたような、赤身肉の濃厚さ。そして…とめどない鉄臭さ。美味しいは美味しいんだけど、これは下処理を頑張らないとトラウマ抱えちゃう人が出かねない味でもあると判断。
ひとまず冷凍ストッカーにトド肉を眠らせ、あれこれ対策を練りつつ日々を過ごしていたら、光陰矢の如し…あっという間に半年が過ぎてしまっていた。
調理と実食、そして…
ではトドをカレーにメタモルフォーゼさせていこう。なお、各食材・調味料の分量は当店に相応額を課金すれば知ることができる仕様です(何)
取り組むべきは、トラウマの元凶たりうる独特の臭みと肉の歯触り。いつだったか「肉の血抜きは、おろした玉ねぎに漬け込むと楽。玉ねぎの酵素で肉も柔らかくなるし、一石二鳥」的な記事を読んだのを思い出し、正に今の状況にぴったしだよネ…と、その方法を試してみることにした。
【お肉の下処理①】
<材料>
トド肉
(A)おろし玉ねぎ
(A)日本酒
(A)おろししょうが
(A)を混ぜて作ったペーストに、トド肉を一晩漬ける。翌日、あんなに白かったおろし玉ねぎがドス黒く変色しているのを見、勝利を確信した。肉を少し切り取り、よく火を通して食べてみる…と、以前食べた時よりも生臭さが軽減されており、口当たりも断然軽い。
ただ、それでもまだトド的生臭さは宿命的なシミのように存在し続けていたので、そこはトド的個性と割り切り、スパイスと合わせて香味要素として利用することにした。生臭さはパワー。
【お肉の下処理②】
<材料>
①のトド肉
(B)塩漬け実山椒
(B)おろししょうが
(B)おろしにんにく
[パウダースパイス]
クローブ
フェンネル
ナツメグ
カルダモン
シナモン
黒胡椒
パウダースパイスと(B)を合わせペーストを作り、そこにトド肉を漬け込み3時間ほどマリネ。そうすることで生臭みが、他の「香り」要素をうまく引き立たせるモノにランクアップしてくれるのだから、料理はつくづく不思議だ。
【①トド肉の無水調理】
<材料>
②のトド肉
米油
胡麻油
コンフィにんにく
日本酒
赤ワイン
[ホールスパイス]
クミン
カルダモン
マスタード
クローブ
チリ
フライパン底にひたひたに敷いた米油&胡麻油、その上にホールスパイスを散りばめ、ごく弱火でスパイスの周りから気泡が立ってくるまで温め続ける。
マスタードが弾けてくる頃合いを見計らって、事前にコンフィしておいたにんにくを入れ、その上からトド肉を投入。肉周りのスパイスペーストの焦げ付きに気を付けながら、極弱火をキープしたままジリジリと火を通していく。
トド肉は色が黒いため、見た目で焼き加減が判断し辛い。なのでごく弱火で長時間火入れすることで、確実に熱を加えていく…という方法を取った。しばらくすると肉やにんにく等から水分が出て来、緩やかな煮込み状態へと移行していく。これがいわゆる無水調理というやつ。ある程度火が通ったところで、日本酒と赤ワインを投入し、アルコールを飛ばして終了。
【②出汁を取る】
<材料>
羅臼昆布
水
冷凍えのき(みじん切り)
冷凍マッシュルーム(スライス)
醤油
トド肉の個性に負けぬよう、旨味が濃厚な羅臼昆布を使って出汁を取る。鍋に水を張り、昆布を入れ30分~1時間ほど置く。表面に浮いたマンニット(白い粉状の糖分)をそのまま利用したいので、昆布は敢えて拭いたり水洗いしたりしない。
そして火にかけ、60℃をキープして1時間。えのきとマッシュルームは水が50℃になった位に投入し、昆布と共に1時間煮出す。煮出したら昆布のみ取り出し、醤油をひと回し入れ馴染ませる。
【③カレーのベース作り】
<材料>
玉ねぎ(細かめのみじん切り)
トマトペースト
白絞油
[パウダースパイス]
フェンネル
パプリカ
クローブ
フライパン底にひたひたの白絞油を敷き熱する。温まったら玉ねぎを投入、飴色になるまで決して焦がさないように炒め続ける。飴色になったところにパウダースパイスを投入し、玉ねぎと馴染ませる。しっかり馴染んだ頃合いにトマトペーストを入れ、全体を混ぜ合わせながらぽってりしてくるまで水分を飛ばしてこの工程終了。
【いよいよ仕上げ】
<材料>
①のトド肉
②の出汁
③のカレーベース
みりん
醤油
塩
上記①~③を一つの鍋にまとめ、みりんと醤油を加えて全体をしっかり混ぜ合わせながら30分ほど煮込んでいく。最後に塩で味を整え、遂に完成。
【実食】
まずはカレーソースだけを口に入れる。ファーストアタックはクローブと黒胡椒の刺激。そこにほんのりケモノくささと羅臼昆布のこってりした旨味がじんわり覆い被さってくる。次にソースと肉、ごはんを同時に食べてみる。ソースがごはんの甘みをちょうど良く引き立てる辛さになってて美味い。時折口の中に飛び込んでくるホールスパイスも、実に良いアクセント。
肉は少し柔らかくなり過ぎた感があったが、内に留めた旨味をうまくキープする海綿のような役割を果たしており、噛む毎に色んな旨味汁が飛び出し、口の中全体を覆っていく。でもやっぱりどことなしかトドくさい…けど、それこそがこのカレーのアイデンティティ=大成功。最終的にトドカレーを10リットル弱用意し、5日間かけて60人近いお客さんにその味を楽しんでもらえた。うち13人がリピーター。売上的にも大成功だったので、来年もまたトド肉を仕入れてみようか…と考え始めている。
惜しむらくは、肉の瑞々しさが若干犠牲になってしまったところ。次回があるならば、肉をブライニングしてみようか…と考えている。もし「自分でもトドカレーを作ってみたい」「トド肉の仕入れ先が知りたい」「作り方を詳しく指南してほしい」という方がおられればご相談ください。当店に相応額を課金すれば以下略。
~おしまい~
<投稿者:存在の耐えられない軽さに悩む京都のカレー屋さん>